西欧中世にもあった「学問のすゝめ」──サン・ヴィクトルのフーゴーのこと【荻野弘之先生】

中世の彩色写本(提供:Shutterstock)

 社会の変化によって外来の新情報がもたらされ、また新技術が開発されるに従って、それらをいかに学んだらよいかという学問論・教育論も喧しくなるのは世の常。わが国でも今やAIとどう付き合うかをはじめ、小学校から大学にいたるまで様々な教育制度改革をめぐる現在進行中の課題である。

 アスペン・セミナーのテクストのうちでは、福沢諭吉『学問のすゝめ』やヴィーコ『学問の方法』などがこうした問題意識を代表するが、今回は、あまり知られていない12世紀前半の西欧における学問・教育論の試みを紹介してみたい。

「暗黒の中世」の神話と複数のルネサンス

 もっとも中世といえば、ただちに「暗黒時代」を連想する読者もいるだろう。土地に縛りつけられた農奴制という封建社会や、教会が支配する迷妄の世紀――それは輝かしい古典古代(ギリシア・ローマ)の文化と、その再生(ルネサンス)という、二つの光の王国に挟まれた暗い谷間の時代のように思われてきた。だが「ルネサンス」とは何もコンスタンティノープルの陥落(1453年)に伴って古代文化が亡命し、15世紀に開花した「イタリア・ルネサンス」ばかりとは限らない。むしろ古代文化復興の気運は、中世を通じて間歇的かんけつてきに生じた(カロリング朝、フィレンツェなどを冠した)運動なのである。

 その中でも特に注目すべきは、ハスキンズらが提唱し、堀米庸三、伊東俊太郎ら史家の紹介によって普及した「12世紀ルネサンス」であろう。この時期、シトー修道会による土地の開墾、水車や薬草学の開発が進んで農業生産が著しく向上した。余剰生産物は商工業の勃興を促し、都市ではギルドが自治権を拡大する。ロマネスク建築に代わって、高い尖塔とステンド・グラスを誇るゴシック様式の聖堂が北仏を中心に流行するようになる。書物(彩色写本)の製作も増え、こうした文化的土壌を基盤に、やがて大学が誕生する。ボローニャ、パリ、オクスフォード、サラマンカなどで学生/教師の同業組合から発した大学は、大聖堂付属学校に代わって、次第に新しい学問を牽引するようになっていく。

 異教徒から聖地を奪還することを目指した十字軍の試みは挫折したが、東西の交流には大きな刺戟となり、アラビア語を介してラテン文学・法学・哲学の著作が西欧世界に知られるようになる。やがてアリストテレスの自然学・倫理学、ユークリッドの幾何学、ガレノスの医学、プトレマイオスの天文学などギリシア語の高度な学問が組織的に翻訳・紹介される。古代の学問は400年の眠りを経て、この時期に西欧世界にもたらされたのである。

フーゴーの学問=読書論

 こうした12世紀の知的状況を代表する一人がサン・ヴィクトルのフーゴー(1096頃-1141)である。フランドルかザクセンの出身らしいが、前半生の経歴は不詳。1115年頃パリのセーヌ左岸サン・ウィクトル修道院(1108創立)に入る。アウグスティヌス修道参事会員として自由学芸(artes liberales)・神学を研究し、聖堂付属学校(修道者・在俗者対象)の教師(1125-)、校長(1133-)として令名高く、多くの弟子を育てて、同時代(クレルヴォーのベルナール、ペトルス=ロンバルドス)や13世紀以降(ボナヴェントラ)にも絶大な影響を与えた。

サン・ヴィクトルのフーゴー

 膨大な著作のうちで最も愛読されたのが『ディダスカリコン』。この書名はギリシア語由来の「教育論」(didascalicon)であるが、副題は「読むことの研究」(de studio legendi)つまり「学習論」でもある。彼は同時代のアベラールなどスコラ学の勃興を意識しつつ、修道院神学の伝統を継承しながら、世俗の技術を幅広く摂取・統合する雄大な構想を描いた。

 その序文では、愚鈍さを二種に区別し「単なる無知は弱さのゆえだが、怠惰のゆえに学ぼうとしない者は邪悪な意志にもとづく」とまで指弾する。だから貧困を理由に学ぶことを放棄してはならない。これは古典ギリシア以来の「哲学の勧め」であるが、西欧版『学問のすゝめ』(1872)とも見られよう。

 「何をどう学ぶか」という課題は、いかなる書物を、どの順番で、どのように読むか、にかかっている。フーゴーによれば、再広義の「智慧」(sapientia)のもとに書物は「世俗的書物」と「神的書物」(聖書+公会議規定+教皇令)に区分される。そこから諸々の学芸知(artes)の起源が辿られる。これらは本来、人間のもつ知的能力の不足や欠陥を補うために生じたのであった(第1巻)。

 次に学芸知が区分される。①思弁的学として神学・自然学・数学が三分され、数学的学科の下に算術・幾何・音楽・天文学の自由学芸が配される。②実践学には倫理学・政治学・家政経済学が区別される。③論理学のもとに文法・論証が区分され、さらに蓋然的論証の下に弁証論と修辞学が区分される。④新参の「人造学」(mechanica)のうちには、機織学・兵器学・商学・農学・狩猟〔食糧調達〕学・医学・演劇学などが含まれる(第2巻)。

 こう書くと、まるで雑然としているようだが、アリストテレスに由来する思弁と実践の学の区分、自由学芸の三学と四科の配置、そして先端的な実用技術の数々を包摂した、見事な体系を構成しているのである。さらに読解の順序、研究に必要な備品、学修の態度にも言及される(第3巻)。

 「神的書物」を扱う第二部は、聖書学概論(第4巻)、聖書解釈の規則と意味の複層性(第5巻)、聖書記述の歴史性(第6巻)、などを含む、今日でいう聖書神学と解釈学の原則からなっている。このように、フーゴーにおいて知識は雑多な情報の集積ではなく、複数の学問論の理念を組み合わせた緊密な体系をなしている。しかもこうした諸学は最終的には「自分を知ること」つまり、神によって創造されたその「像」を自らの精神のうちに発見するという救済への志向に繋がっていたのである。

1218年に創立されたスペイン・サラマンカ大学の図書館。貴重な写本を含む膨大な蔵書を誇る。(提供:Shutterstock)
現代人と食い違う「読書」の経験

 ここで改めて確認しておこう。当時「書物」と言っても、今日われわれの周囲にある(冊子・活字印刷)本とはかなり違う。両手で抱えるような大判(フォリオ)で、持ち運びは困難だ。紙ではなく、分厚い羊皮紙に手書きされ、句読点はない。細密画が添付された装飾性豊かな、一点限りのいわば高額な工芸品。だから、個人が所有して携帯できる代物ではなく、修道院の図書室や付属学校で閲覧され、黙読ではなく音読(読み聞かせ)された。また読書(lectio)には黙想(meditatio)が伴う。朗読の合間に、沈黙のうちに文章の含意をかみしめる時間が介在する。それによって、読書は知識を得る以上に、自己の修養に資する修行の一環なのである。いずれにせよ、今日の読書体験とは相当に違った行為である。

 読書とは「情報を収集する」ための手段である、とは現代人にとって自明であるかに見える。だがその前提も何らか歴史的所産であることを、フーゴーの学問=読書論は暴露することになろう。産業社会の病理を告発する文明史家イワン・イリイチは、15世紀のグーテンベルクによる活版印刷術よりも、12世紀のフーゴーにおいて、読書形態の変化のより大きな分水嶺を見て取っている。

 一体何のための知識なのか? 専門化の進展によって全体が俯瞰できなくなり、相互関係が不明になれば、いやでも瑣末化(trivialization)、知の雑居ビル化が進行する。それらを統合すべき「神学」の不在は知のモラルを消失させ「研究倫理」の空隙を生み出す。その経緯をフーゴーのテクストは雄弁に示してやまない。

参考文献
サン・ヴィクトルのフーゴー「ディダスカリコン」
『中世思想原典集成9 サン・ヴィクトル学派』所収(第1-6巻全訳)、平凡社 1996
『中世思想原典集成精選4 ラテン中世の興隆2』所収(第1-3巻抄訳)、平凡社ライブラリー 2019
イヴァン・イリイチ『テクストのぶどう畑で』(1993)岡部佳代訳、法政大学出版局 1995
イヴァン・イリイチ『シャドウ・ワーク』玉野井芳郎・栗原彬訳、岩波文庫 2023
イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』東洋・小澤周三訳、東京創元社 1977
ジョセフ・ギース『大聖堂・製鉄・水車』栗原泉訳、講談社学術文庫 2012