
名誉革命は伝統への復帰
パリ滞在中に目撃した歴史的事件として、海峡の向う側英国におけるEU離脱完了(2020年12月31日)がある。
離脱派が勝利した国民投票から脱退に至るまでの紆余曲折は、「そもそも英国はヨーロッパか」という旧くて新しい問いを再考するきっかけも与えてくれた。その問いへの解答を導くことはおそらく、経済的には割の合わないと思われる離脱に英国民が傾いたのはなぜか、という疑問へ答えることにもなるだろう。
英国知識人が自らを語るときに好むフレーズが、グレイト・ブリテンとヨーロッパ大陸(Great Britain and European Continent)である。
ここには、地理的にみて英国はユーラシア大陸の付帯部分ではあるが大陸国家ではない、という意識が滲み出ている。ただ不思議なことに、英国知識人の多くが古代ギリシア、ローマの流れを汲む「ヨーロッパの本流」であるという自覚を、ドイツ人、フランス人、イタリア人などより強く持っている。
分裂している大陸を尻目に、また大陸の勢力圏に飲み込まれることなく、海軍力の優位を活かして古代ローマになぞらえるほどのPax(平和)を再興してみせたのは英国であった。そのためか、古代ローマ史研究は英国の歴史学会のおはこであり、エドワード・ギボンをはじめ、アーノルド・トインビー、ロナルド・セイム、ピーター・ブラウンなど多数の権威を輩出している。かれらが古代ローマに魅せられたのも、大英帝国との類縁性に興味を覚えたからであろう。
さらに、ヨーロッパ文化や芸術の継承者、という誇りについていえば、クラシック音楽界も同様である。英国人指揮者には、ロジャー・ノリントン、クリストファー・ホグウッド、デイヴィッド・マンロウ、ジョン・エリオット・ガーディナーなど、古楽器演奏のスタイルでキャリアを築き上げ、名を成したものが多い。ここでもまた、西洋近代音楽の正統な流れを汲むのは英国人である、という自負が働いている。
いずれにしても、変革を急ぐあまり、旧き良きヨーロッパを放擲したのは大陸の方なのである。
因みに、日本人の教科書的な理解では英国にも近代革命があったことになっているが、現代英国人の多くにいわせると、いわゆるピューリタン革命はむしろ「反乱」や「内乱」、名誉革命は「伝統への復帰」と位置付けられ、それらはフランス大革命などとは次元が異なる。革命や改革のあとで伝統の良さを見直すなど、フランス人には真似のできない芸当かもしれない。

女王が描かれた紙幣への妄執
EUからの離脱もまた、ヨーロッパ大陸との差別化の延長線上に捉えることができるだろう。英国の代表的な保守主義者ロジャー・スクルートンによると、英国は、「大戦という過ちを繰り返さないための欧州統合」という独仏由来の歴史物語に、自らを同化させることができなかった。なぜならば、英国は独仏ほど戦争に懲りてはいないし、数世紀に亘り憎しみ合い滅ぼし合った独仏ほど、悔い改める必要もないからである。
英国がヨーロッパ大陸への同化を何よりも嫌う分野が、これまた歴史と深い関わりを持つ通貨と法制度かもしれない。エリザベス女王が描かれた紙幣への英国人のこだわりは半端ではなかった。カナダやオーストラリアの紙幣にも登場する女王は、英国の世界的影響力の象徴の座を失ってはいない。このポンド紙幣へのオブセションが、ユーロを拒絶した決定的な理由といわれている。
さらに、英国は判例、衡平法が統治の基準となるコモン・ロー(慣習法)の国である。「立法者が書いた」法律で自由や主権が縛られるのを嫌がるお国柄といってもよい。しかるに、EUの統合や深化はすべて、国家を越えた拘束力をもつ新法や条約の制定という形で進められた。英国人がEUの機関や制度を、最後まで「自分のもの」とは見なしえなかったゆえんであろう。
国家主権を取り戻し、EUからの独立を達成した英国は、どこを目指すのか。そして、誰と組むのか。米国との大西洋同盟、また帝国の名残であるコモンウェルスなど従来のネットワークへの回帰を望む英国人もいるが、EUと比べたとき、それらに経済や投資の明るい未来があると信ずる者はいない。
経済的収益性より歴史的DNAを優先した英国は、離脱後のEUとの自由貿易協定締結にさいしては交渉巧者としての面目を施したとはいうものの、離脱の高い代償をこれから支払わねばならないのである。
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