
「普請中」と「舞姫」
森鷗外の短篇小説「普請中」は、アスペン・ヤングエグゼクティブ・セミナーの教材に使われているから、おなじみの読者は多いだろう。雑誌『三田文学』の創刊第2号、1910(明治43)年6月号に寄せた作品である。これは慶應義塾が文科(のちの文学部)の刷新のために、永井荷風を主幹にすえて創刊した雑誌で、鷗外は上田敏とともに顧問を務めていた。大げさに言えば、新進の雑誌に文壇の大家が、鳴り物入りで登場したという発表形態である。
しかしその内容は、当時の読者を驚かせるものだった。主人公は某官庁の参事官を務める男性官僚の渡辺である。かつてドイツで自由な留学生活を送っていたころ、恋人だった「女」、ドイツ人の歌手が来日し、釆女町(現在の銀座5丁目)にあった精養軒ホテル(築地精養軒)で渡辺と一緒に夕食をとる。過去の甘い思い出をちらつかせ、誘惑しようとする「女」に対して、渡辺は「ここは日本だ」「日本はまだ普請中だ」と言葉をくりかえして拒絶する。――これは明らかに、鷗外がこの二十年前に発表した小説「舞姫」の続篇、もしくはそのパロディのような体裁をとっている。
「舞姫」は、実際にドイツ留学時代の恋人だった女性、エリーゼ・ヴィーケルトとの間に起きた出来事から題材をとった小説である。鷗外の帰国を追って来日したエリーゼと、精養軒ホテルで会った経験が「普請中」の原型になっているとする見解もある(山﨑國紀『評伝 森鷗外』大修館書店、2007年、426頁)。しかし鷗外のそうした個人史は、作者の生前には世に知られていない。出口智之『森鷗外、自分を探す』(岩波ジュニア新書、2022年)によれば、「舞姫」はその内容から、周囲からの圧迫に負け、恋人を捨てて帰国してしまう主人公の不甲斐なさに対する批判を呼んでいた。かつての作品に対する社会からの反応を明らかに意識しながら、鷗外は、ドイツ時代の恋人が日本にやってくる小説を書いたのである。
隠れた心理の動き
作者の現実の経験とは異なって、主人公の渡辺と「女」が交際したドイツ時代と、再会する夜との間には年数が横たわっている。渡辺の「参事官」という官職は、当時は各省の局長に次ぐ地位であるが、年齢は30歳くらいか。帰国してからすでにおそらく5、6年がすぎ、久々に出会った「女」の目のふちには「紫掛かつた濃い暈(かさ)」がある。すでに若い時代を過ぎて容色が衰えており、「いつだつて気の落ち着くやうな身の上ではないのだけれど」という言葉が、歌手生活がうまくいっていないことを想像させる。ウラジオストックで公演し、そのあと日本経由でアメリカへ向かうという設定にも、世界一周の華やかな旅行ではなく、辺地への巡業という空気がある。
しかし「落ち着かない」のは渡辺の方も同じ。官僚として華やかに出世しているのは確かだが、日本は「普請中」と繰り返す言葉に、疲れが漂っている。小説の冒頭から渡辺は、ヨーロッパの石畳とは異なる、東京の道のぬかるみが靴を汚すのに閉口し、洋間の壁に妙な掛け軸が飾ってある精養軒の「サロン」に、「日本は芸術の国ではない」とつぶやくのである。小説中で渡辺の心理が描かれるのは、「女」を待つ間に「なぜこんな冷澹な心持になつてゐられるかと、自ら疑ふのである」という箇所だけであるが、どこか自己欺瞞の気配がある。かつての恋人との再会に期待する心理が動き出すのを抑えているような。
渡辺は「女」との会話のなかで、「女」がポーランド人の男と一緒に巡業していることを知り、また「普請中」の西洋風建築の一室で西洋人と対面する時間を経験することで、「女」の誘惑を意地わるく拒む態度に変わってゆく。小説の最後は、女を乗せた「寂しい車」(人力車である)が去ってゆく光景であるが、それは同時に渡辺の、本人が自覚していない寂しさを描きだしているように思える。「普請中」の発表当時、新進気鋭の哲学者だった阿部次郎は、『ホトトギス』同年7月号の文芸時評でこの作品を「一篇を貫く気分は冷たい淋しい底にも一道の精気があつて読者の心に迫るものがある」(「六月の小説」、『阿部次郎全集』第12巻、角川書店、1962年、141頁)と評していた。

近代日本の「寂しさ」
この寂しさは同時に、鷗外がとらえていた近代の日本の抱える寂しさでもあるだろう。山崎正和『鷗外・闘ふ家長』(1976年)は、「普請中」に言及しながらこう指摘する。世界の最新動向に従って、外来の新しい文化を日本にとりいれようとすれば、異質な文化の一部のみを模倣するような歪んだ形になってしまい、他面で在来の文化の「本来は美しかった要素を醜悪な断片に変へてしまふ」。この「二重の醜さ」に誰よりも敏感でありながら、「西洋的な近代化が世界史的に不可避のコースである」ことを受け入れ、軍医・官僚として国家の運営に携わっていた鷗外(『山崎正和著作集』第7巻、中央公論社、1981年、53-54頁)。この鷗外自身のあり方も「寂しい」ものであり、当人も自覚していたように思われる。そしてこの寂しさは、グローバル化と情報技術の発展の波にとまどう現代の日本人にも、無縁のものではないはずである。
苅部直(かるべ・ただし)
政治学者・東京大学法学部教授
1965年東京生まれ。東京大学法学部卒業、同大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。専門は日本政治思想史。独創的な視点から日本の思索者たちの軌跡をたどり、日本人の日常、思想、文化、活動の歴史を読み解く。著書に『丸山眞男――リベラリストの肖像』『光の領国 和辻哲郎』『鏡のなかの薄明』『日本思想史への道案内』『基点としての戦後――政治思想史と現代』など。


